ベトナムの歴史

ベトナムの歴史

中国と並ぶ古さ

東洋史の中でも、中国と並び古代史に名が出てくるのがベトナムです。
もちろん現在のような形ではありませんが、約30万年前の旧石器時代までさかのぼることができたりするのです。
紀元前2万年ごろの遺跡も発掘されており、太古の時代から人が住んでいたことがわかります。

文明国家として名前が出てくるのは、紀元前2880年ごろの雄王の時代からでしょう。
その後、ドーソン文明が表れ、各地と貿易を始めたことが、鳥獣模様が刻まれた青銅の太鼓が発掘されているからです。
非常に広範囲まで交流していたことは、ベトナムという場所が重要な意味を持っていたことがわかります。

ベトナムの歴史は、だんだんと安定していかなくなってしまいます。
支配し支配され戦乱の中で揺れ動いていく、悲しい歴史を繰り返していくことになるのです。

特に歴史の中で出てくるのは、中国の漢の版図拡大における南越国でしょう。
ここからなんと1000年の長きにわたる中国支配の時代になるのです。

やっと抜け出したと思えば元が南下し、フランスの支配の時代が訪れます。
さらに戦争を繰り返し、日本の統治の時代を経て、ベトナム戦争に入り、やっと現在のような形に落ち着いていったのです。

アヘン戦争から始まるフランス植民地時代

ベトナムの歴史の上で、最も重要になってくるのは近代史以降でしょう。
特にアヘン戦争からは、一気に歴史が動き出します。

アヘン戦争は、ヨーロッパの列強が東アジアに進出することになる戦争です。
この時に、ベトナム海軍を攻撃し、植民地化していくのがフランス軍でした。
1884年には、バトゥヌル条約締結によって、完全にフランスの植民地になるのです。

しかし、1930年に香港でベトナム共産党が設立されたことが、重要な転機になります。
その時の党首が、グエンアイコックであり、のちのホーチミンだったのです。
アジアの民族運動が激化する中、日本軍のアジア新興が始まり、インドシナ半島を支配します。

1941年にベトナム独立運動が加速されベトミンが発足、日本が敗退したことで1945年に一斉蜂起しハノイを占拠するのです。
そして、9月2日のホーチミンによる独立宣言に至るのです。

しかし、これで終わりません。
独立など認めないフランス軍によるサイゴン占領、翌年1946年にはハイフォンで武力衝突が起こり、凄惨なベトナム戦争に突入していくことになるのです。

泥沼のベトナム戦争へ

ベトナム戦争におけるアメリカは、フランスに変わり影響力を強めたことで、北ベトナムの社会主義に対する構図へと変化させます。
特に1961年にケネディが大統領になったことで、第三世界への軍事介入の強化を進めた結果、南ベトナムへ軍事増強させていくのです。

南ベトナムが、宗教弾圧を強めたことも大きな問題になります。
仏教に対する弾圧はすさまじく、1963年11月1日には当時のジェム大統領が殺害されることにつながっていくのです。
そして、ケネディが暗殺されたことにより、さらに増強されることに泥沼化していきました。

この戦争の終結は、1973年まで待たなければいけませんでした。
厭戦気分に耐えられなくなったアメリカでは、反戦世論が強まり、大統領選挙にも大きな影響を与えるに至ります。
その中で、ベトナム戦争を続けていくことの意味が消滅し始め、停戦協定を1973年1月27日に締結されるのです。

実際には、1975年4月30日の南ベトナム政府の無条件降伏まで待つことにはなりますが、長きにわたった戦争はやっと終わりを見せます。
しかし、この戦争自体が、植民地からの独立だったことは忘れられ、悲しいことながら東西対立の代理戦争や冷戦構造としてしか見られないようになるのです。