ミャンマーの歴史

ミャンマーという国はどんな国?

古くからミャンマーの地には人が暮らしていたとされています。
しかし国が形成されていたという事ではなく、ミャンマーの周辺国家の影響を受けながら暮らしていた、というイメージです。

集落が結成されたのは8世紀あたりになってからで、そこにはビュー族と呼ばれる方々が点在していました。
集落がやがて小さな国となり、そしていよいよ国としての歴史が紡がれていきました。
当時を知る手掛かりは、現在ミャンマーのビィ公害にあるフモーザー遺跡で、ここにはサンスクリット語、ビュー語などで書かれた遺跡を見ることができます。

文字ができ、仏教が伝来し集落は城壁で囲まれた強固な物でした。
周囲に水田があり稲作も行われ、しっかりと国としての基礎を作り上げていたのですが、その後、何詔王国の侵略、さらにビルマ族がビュー族の暮らす地に移住するなどしたことで確固たる国となる前に滅亡したのです。

国家の形成とビルマ族

ビュー族が暮らす地域に中国雲南地方から、9世紀あたりに移住してきたビルマ族はその多くが、エーヤワディ川流域に暮らしていました。
元々暮らしていたビュー族などを次々と征服し、ビルマ族によるバガン王朝が誕生します。
このバガン王朝がミャンマーの最初の王朝です。
現在も、このバガン王朝の遺跡は、ミャンマー最大の遺跡として当時の繁栄を見ることができます。

その後、勢力を拡大していく中でミャンマー南部に暮らすモン族と争い、また接触したことがミャンマーの文化に大きな影響を与え、その全土に仏教、文字といった文化が広がります。
バガン王朝はその後、300年もの間繁栄を極めたのです。
しかし、次々に建設された寺院の建設などにより国家の経済は次第にもろいものとなり、国家そのものも疲弊し、中国の「元」という巨大国家の勢力、さらに多民族の巨大化などを受け、度重なる元からの侵略にあい、1287年、とうとう隷属(つき従う)する事となり、最終的に1299年、バガン王朝はシャン族という民族に滅亡にまで追い込まれてしまいました。

タウングー王朝とシャン族

国家としての形を失ったミャンマーは、その後シャン族を主軸として各地の勢力争いが続き、そのたびに小国家が入れ替わっていました。
どこかの民族が一時的に国家を設けるという状態が継続し、サガイン、またインワなどの名称はその王朝の名残であると伝えられています。

16世紀に入ると再び勢力を強めたビルマ族がタウングーに城壁など築き、再国家統一を果たします。
この当時のビルマ族の勢いはミャンマー国内にとどまることなく、タイのチェンマイ、さらにアユタヤ王朝を滅ぼすなど勢力を広げ、東南アジア一帯を領土とする一大王朝を築き上げたのです。

しかしこの統一はかなり無理があり、領土を広げたために間接統治性を余儀なくされ、その地では当然反乱がおこる事態となり、非常に混沌とした時代が継続します。
後にインワは再統一を果たしますが、結局1752年、ふたたびモン族などのほか民族に滅ばされてしまいます。
最終的に地方国家を形成したのはモン族でした。

最後のビルマ王朝から紆余曲折しつつ現代へ

モン族に滅ぼされたビルマ族は、再度攻勢を激化しアラウンバヤーの活躍などもあり、バゴーのモン族国家を滅亡させ、統一国家を形成します。
アユタヤ王朝を滅ぼします。
現在見ることができるアユタヤは、ビルマ族に滅ぼされた跡です。
しばらくは反映していたこの国家も、19世紀に入り当時植民地支配を広げていたイギリスによって植民地の肺かとなります。

第二次世界大戦では、日本とイギリスの戦いに飲み込まれ、日本に3年の統治を許した後、ビルマ人の抵抗、さらにイギリス軍からの攻撃、最後はマンダレーの激戦となり、応急は完全に灰となってしまいました。
植民地支配を逃れようと必死になるビルマは、独立戦闘を継続します。
アウンサンはその活動の中心にいた人物です。
アウンサンはビルマ国軍を掌握するとイギリスと独立交渉を続け、とうとう1948年1月4日、当時のビルマは独立を果たしました。
しかし国の英雄としてビルマ連邦を統治したアウンサンは暗殺されてしまい、ここからビルマは混とんとした内乱時代に入りました。

ネウィンというビルマ軍司令官がクーデターを起こし、これに成功、ビルマ式社会主義体制を作ります。
それまでの憲法が廃止され、各企業は国有化され、鎖国政策まで行われこのことが、他の東南アジア諸国からの遅れとなりました。
このような圧迫のある政治が長く続くわけがなく、反政府勢力も多く、さらに国が統治できていないことから麻薬組織の温床のなるなど内部の混沌が続き、一時期は国土の半分を奪われてしまうほどの状態になったのです。

1988年に国軍がクーデターを起こし、ビルマ式社会主義はやっと集結しました。
国軍主体「SLORC」によって軍事政権にかわり、ビルマからミャンマーに国名変更となり、現代に継続しています。