マレーシアの歴史

要衝として価値が高い

東南アジアというと、日本と近い距離にありながら、歴史的背景を色濃く残していたりすることがあります。
マレーシアもそんな国の一つで、第二次世界大戦では、日本が占領していたこともありました。

そんなマレーシアですが、国として成立したのは、西暦1400年ごろにさかのぼります。
スマトラ島を中心としていた王族であるマラッカ王国が建国されたことが、マレーシアの起源になると考えることができるのです。
現在でも変わりませんが、地政学上、大変重要な拠点であり、貿易港としてマラッカは知られていくことになります。

こうした利点を当時の海洋列強国が見逃すはずはありません。
ポルトガルは軍艦を派遣し、マラッカを攻略。
1511年に攻略され、長い植民地時代を迎えていくことになるのです。

もちろん、その間にも様々な国が利権をめざし、変わっていきます。
オランダ植民地になりましたし、イギリスの植民地にも変わりました。
日本も第二次世界大戦時には占領していたのです。

ほかの東南アジアの国々同様、戦後独立をめざし、1963年にはイギリスから譲渡される形でマレーシア連邦として独立します。
その後、シンガポールが分離独立。
現在のマレーシアの形が1965年に出来上がることとなったのです。

日本の占領と新たな時代の戦争の幕開け

マレーシアが独立するまでには、非常に長い時間がかかっています。
どんな国も、ここまで条件のいい貿易港は狙いますし、手放したくありませんでした。
資源としても有効であり、日本も死守したい地域であったことは間違いありません。

第二次世界大戦当時、マレーシア一帯はイギリスの植民地でした。
イギリスは、アメリカと共同し、日本の支配権拡大を阻止するためトラの子である戦艦まで送り阻止しようと考えたのです。
ですが、航空優勢の時代の幕を開けるように日本の航空機に蹂躙されてしまいました。

軍艦では、航空機には勝てない。
そんな時代の節目にマレーシアは登場してくるのです。

マレーシアの近代化と共産主義の対立

近代のマレーシアを見ると、インドネシアとの対立や共産主義者の反乱があります。
インドネシアとの対立は1962年から1966年まで続きますが、この背景にはインドネシアとイギリスの関係がありました。
この独立は、事実上の植民地主義であると、インドネシアが対立していくのです。

インドネシアは、ボルネオ島全域の領有を主張することで、マレーシアに進行していきました。
一触即発の関係が続き、フィリピンも含めて東京で会談することでいったん決着を見るのです。
ですが、この対立がアメリカやIMFの不興を借り、インドネシアは経済援助を打ち切られた結果、経済が悪化し中国へと助けを求めていくようになりました。

そんな中で、共産主義者の反乱も起きます。
イギリス主導の独立に対して、中国の教育を受けた人たちによる共産主義とリーダーを中国にすることを訴え暴動に進展していったのです。
この緊急事態は、1968年から1989年までと非常に長い期間マレーシアを苦しめました。

現在のマレーシアは、非常に治安のいい地域として知られています。
1988年以降は、経済成長率は高レベルを維持していますし、東南アジアの中でも先進性の高い国となったのです。

何度も窮地があり、経済的にも危機を迎えることもありました。
ですが、自国で算出できるオイル資源があったため、そのたびに切り抜けてきたことで、とても強力な国に成長していくことができたのです。